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京都
2006-07-13 Thu 20:25
京都に真田と片倉の屋敷が並んでいた件に関して

ダテサナ的に
屋敷の配置は時の天下人・秀吉が担っていたと思うので、
政宗さまはかなり必死で○○に屋敷が欲しい!とアピールしていたのではなかろうか…
んで、いざ与えられた時に、
身分的に自分がそこに住むわけにもいかず、
誰を住まわせるのがよいか考えた結果
いつでも気兼ねなく遊びに行くことのできる関係にある小十郎を配置したのではなかろうか
幸村と小十郎って身分は同じ位だよね!?

小幸的に
伊達家に対して、何かの偶然で秀吉から真田屋敷の横に屋敷を与えられた
(他にも何箇所か与えられた)
誰を何処に配置しようか政宗に相談された時に
ごく自然に自分が真田屋敷の横に住めるようにアドバイス

ダテサナ的にも小幸的にも
何故だか知らないが、小十郎の屋敷の隣に
思い人がこしてきた!!
これで一波乱無いわけがない…。



正直、
大阪の陣の際に、幸村が娘を鬼小十郎に預けたのは
屋敷が近く、旧知の仲だったからって話だけで妄想してて、
九度山蟄居と病床について白石から出られなくなった時期を考えた結果、
幸村が旧知の仲だったのは鬼小十の方ではなく、初代小十郎景綱の方じゃないのかな?位の知識で、
どの時代にお隣さんだったのかも、
どちらが先に住んでいて、どちらが後にこしてきたのかもわからなかったり。
どなたか、ちゃんとした知識あれば教えて下さい!!
もれなく妄想に拍車がかかります。
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